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旭川地方裁判所 昭和44年(ウ)57号 判決

原告

池田勝則

被告

株式会社だいこく

主文

一、被告は原告に対し金八六万一、三七四円およびこれに対する昭和四四年二月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の負担、その余を被告の負担とする。

四、この裁判の第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告訴訟代理人は、

一、被告は原告に対し金四二二万九、二五〇円およびこれに対する昭和四四年二月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求原因として、

一、原告は、昭和四二年八月一五日午後一時四〇分ころ、室蘭市南高平町五番地先路上を、訴外藤本良一運転の普通貨物自動車(旭一は七四八八号)に同乗し、室蘭市から伊達町方向に向け進行中、同車が道路右側に設置してある街路灯鉄柱に正面衝突する事故のため、左足第一、第三蹠骨骨折および裂創ならびに足背化膿症、腰椎捻挫(第三)および腰筋痛の傷害を受けた。

二、被告は右自動車の所有者であり、かつ同車を自己のため運行の用に供していたものであるから、自動車損害賠償保障法三条により、原告の蒙つた後記損害を賠償する義務がある。なお、原告は被告に雇傭された自動車運転手であつたが、事故当時交替運転手として予定されていた訴外藤本良一が運転中であり、このような場合には原告は右法条の他人に含まれる。

三、仮に原告が事故当時運転者として右法条の他人にあたらないとしても、右事故は訴外藤本良一が被告の被用者として被告の業務執行中、同訴外人の運転技術未熟なる過失により惹起した事故であるから、被告は民法七一五条一項により原告の蒙つた損害を賠償する義務がある。

四、原告は、右事故によりつぎの損害を蒙つた。

1  入院治療費金二六万七、六二六円

室蘭鉄道病院(昭和四二年八月一五日から同月一九日)金二一、七二二円

旭川中央病院(昭和四二年八月一九日から同年一二月三一日)金二四五、九〇四円

2  付添費用金一万二、五〇〇円

昭和四二年八月一九日から同年九月一二日まで二五日間一日金五〇〇円の割合による。

3  休業による逸失利益金四七万七、七五〇円

原告は、事故当時被告から本給日額金一、〇〇〇円、運転手当日額金七五〇円の給与を受け、日曜も出勤していたから一カ月少なくとも二六日稼働していた。したがつて、昭和四二年八月一六日から昭和四三年六月三〇日までの間に働くことができないことにより合計金四七万七、七五〇円の得べかりし利益を失つた。

4  自動車運転能力喪失による損害金三六一万円

原告は右事故により右足趾および第二、三趾自動運動不能、趾知覚脱失の後遺障害により自動車運転業務は危険であると診断され、大型自動車第二種免許を有しながら自動車運転手として生活することが不可能となり、そのうえ、歩行時不便で肉体労働はできず、やむなく昭和四三年七月一日麻雀クラブ双葉に月給二万五、〇〇〇円で就職し現在に至つている。

原告は、昭和四三年七月一日当時満三一才で右後遺症を除き健康な男子であるから、平均余命は三九年余、就労可能年数は三一年である。

そこで、原告の被告から得ていた月収四万五、五〇〇円から現在の月収との差額の金二万円を自動車運転能力喪失による損害として昭和四三年七月一日から被告の定めによる定年である満五五才までのうち二三年間につき年五分の中間利息をホフマン式計算方法に従つて算出される金三六一万円(一、〇〇〇円未満切捨)の損害を蒙つた。

5  慰藉料金八〇万円

原告は右事故による肉体的、精神的苦痛を受け、将来の生活に対する不安を考えれば、その精神的損害に対する慰藉料は金八〇万円が相当である。

五、原告は自動車損害賠償責任保険金九三万八、六二六円の支払いを受け、その内訳は(1)医療費金二六万七、六二六円、(2)休業補償費金二二万一、〇〇〇円、(3)後遺障害金四五万円であるから、これをそれぞれ前記入院治療費、休業による逸失利益および自動車運転能力喪失による損害に充当する。

六、そこで、原告は被告に対し、右充当後の付添費金一万二、五〇〇円、休業による逸失利益金二五万六、七五〇円、自動車運転能力喪失による損害金三一六万円および慰藉料金八〇万円の合計金四二二万九、二五〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和四四年二月二一日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

と述べ、被告の抗弁中原告が被告の運転手として雇傭されたことは認めるが、その余は否認すると述べた。〔証拠関係略〕

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として「請求原因中、第一項記載の事実および被告が原告主張の自動車の運行供用者であること、ならびに原告主張の保険金支払の事実は認めるが、原告がその主張のような休業による逸失利益、自動車運転能力喪失による損害および慰藉料額の損害を受けたことは否認する。」

と述べ、抗弁として、

一、被告は昭和四二年七月一九日原告を自動車運転手として雇傭し、以来原告は運転業務に専従していた。

二、訴外藤本良一は被告の一般社員で自動車運転に従事するものではなく、事故当日室蘭市、伊達町方面の荷物のことに詳しいため同乗させていたもので運転助手として同行させたものではない。

三、事故当時訴外藤本良一が自動車を運転していたが、これは運転専従者である原告が被告の方針ならびに服務規定に反し、未経験なる訴外人をして運転させたものである。

四、以上のように原告はその職務上の義務に違背し、他の服務のために同乗していた訴外人に運転を託したのであるから、事故当時現に車を運転していなかつたとしても自動車損害賠償法三条にいう他人には含まれず、また民法七一五条一項にいう第三者にも含まれない。

五、仮に被告に損害賠償義務ありとするも、前記三項記載のとおり原告の過失により事故を惹起したものというべきであるから、過失相殺さるべきである。

と述べた。〔証拠関係略〕

理由

一、請求原因第一項記載の事実および被告が右事故を起した自動車の運行供用者であることは当事者間に争いがない。

二、そこで、原告主張の責任原因について考えてみる。

原告が昭和四二年七月一九日被告に雇傭された運転手であることは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、訴外藤本良一は昭和四一年一二月六日被告に雇傭された助手で、家具の貨物車への積込、積みおろし兼自動車運転助手の業務に従事し、昭和四二年六月ころ普通運転免許を取得してからは貨物自動車を運転して旭川市内、時には近郊都市まで家具の配達する等して自動車運転の業務に従事していたこと、原告は、昭和四二年八月一四日、被告の専務黒川重夫から室蘭、伊達方面への家具の配達を命ぜられ、当日朝青森県十和田市から長距離輸送を終え帰つて来た直後であり疲れていることを理由に運転資格を有する助手の同乗を求め、藤本良一を助手として、同年同月一五日午前四時ころ原告が普通貨物自動車を運転して旭川市を出発したこと、被告の安全管理者水野清次は原告に対し、その出発の前日、藤本は経験が浅いからなるべくなら同人に運転はさせないでくれと注意したが、従前被告において運転資格ある助手の運転を禁止する旨の注意はしていなかつたこと、原告は事故当日室蘭市まで運転を継続し、昼食後藤本良一と運転を交代したこと、藤本良一は運転交代後室蘭市街地を約六キロメートル走行した幅員約七メートルの国道上で、同人運転の自動車の左側を追い抜こうと近付いてきた自動車に気付き、折から雨で舗装道路が濡れスリップしやすい状況であるにもかかわらず、あわててブレーキを踏みハンドルを右に切つたため、自動車が右側に滑走し前認定の事故を起したこと、原告は事故当時助手席に座つて前方を注視し、特別休息するというような姿勢をとつているようなことのなかつたことが認められ〔証拠略〕のうち右認定に反する部分は同証人が被告の役員であつて被告に有利になるよう述べられていると思料される部分もあり、前掲各証拠と対比して信用することができず、他に右認定を妨げる証拠はない。

ところで、自動車損害賠償保障法三条本文にいう他人のなかには運転者は含まれないが、その運転者とは運転者として自動車に乗組んだ者一般を指すのではなく、事故当時現に運転業務に従事していたか、従事していなければならない義務を有する者をいうと解するのが相当であるところ、前認定の事実関係のもとにおいては、原告が藤本良一に自動車の運転を一時交代することのあることを被告において容認していたことが推認されるから、事故当時原告が藤本と運転を交代しても義務違反になるとは考えられず、事故時の運転は藤本良一がこれを行い同人が運転者であると認むべきであるが、なお原告は助手席にあつて運行の安全を計るべく右藤本の運転を補助していたものと認めるのが相当であり、同法二条四項によればかかる自動車運転の補助者をも運転者に含ましめるから、結局原告は同法三条本文にいう他人には該当しないものである。

しかしながら、右の他人と民法七一五条一項本文にいう第三者とは必ずしも範囲を同じくするものではなく、前認定のように被告の被用者である藤本良一が被告の業務執行として自動車を運転中、その運転未熟のため過つて自動車事故を起し、同じく業務執行の共同担当者である原告に損害を与えたときは、使用者である被告は原告に対し民法七一五条一項本文による損害賠償の責任を免れることはできないと解すべきである。

三、そこで原告の蒙つた財産上の損害について考えてみる。

原告が本件事故により昭和四二年八月一五日から同月一九日まで室蘭鉄道病院に入院し、その入院治療費金二万一、七二二円を要し、同日から同年一二月三一日まで旭川中央病院に入院し、その入院治療費金二四万五、九〇四円を要したこと、および同年八月一九日から同年九月一二日まで二五日間付添を必要とし、そのため金一万二、五〇〇円の付添費用を必要としたことは被告がこれを明らかに争わないから自白したものと看做す。

〔証拠略〕を総合すると、原告は本件事故により左趾知覚脱失趾および二、三趾自動運動不能、左趾、二、三趾共に他動運動高度制限等の後遺症を受け、自動車の運転が危険であり、被告に自動車運転以外の適当な仕事がなく、事故後昭和四三年六月三〇日まで休業を余儀無くされ、その間日額金一、〇〇〇円の本給、一日平均金六〇〇円の運転手当を受けることができず、一カ月平均二五日稼働するものとして合計金四一万九、二〇〇円の損害を蒙つたことが認められ、他に右認定を妨げる証拠はない。

原告は右後遺症を理由に自動車運転能力喪失による損害を主張し、〔証拠略〕によれば、原告は前認定の後遺症によりわずかな歩行にも疲れを感ずることから事務的な仕事を求めているような状況で、自動車運転殊に大型自動車の運転業務につくことは困難であることが認められ、そのため稼働能力の喪失をきたしているものというべきである。

〔証拠略〕によれば、原告は、昭和一一年三月二八日生れの男子で、昭和四三年七月一日当時満三二才で右後遺症を除き健康であるから平均余命三九年(第一二回生命表)であり、そのうち少なくとも原告主張のように五五才に至る二三年間は就労可能と考えられ、右後遺症は後遺障害等級第一一級にいう一足の第一足指を含み二以上の足指の用を廃したものに該当し、その労働能力喪失率は一〇〇分の二〇とされていることに照らし、右稼働能力喪失による損害は前認定の原告の本件事故当時の月収金四万円の二割に当る一カ月金八、〇〇〇円の二三年分をホフマン式計算方法により年五分の中間利息を控除した現価を算出すると、つぎの算式により金一四四万四、三二〇円となる。

8,000×12×15.045=1,444,320

しかし、本件事故の発生については、前認定のように運転手たる原告が助手として乗組んでいた藤本に運転を交代したことに起因しているから、これを斟酌するときは、右財産上の損害金合計金二一四万三、六四六円のうちその約六割に当る金一三〇万円を以て被告の賠償すべき額と認める。

四、つぎに原告の慰藉料について検討するに、前認定の原告の受けた傷害、入院期間ならびに後遺症の程度、本件事故の経緯その他本件に現われた諸般の事情を考慮して、原告に対する慰藉料は金五〇万円をもつて相当と認める。

五、そうすると、被告は右財産上の損害金一三〇万円および慰藉料五〇万円の合計金一八〇万円を賠償する義務があるところ、原告がそのうち金九三万八、六二六円の弁済(自賠責保険金の受領)を受けていることは当事者間に争いがないから、原告の本訴請求はこれを差引いた金八六万一、三七四円およびこれに対する本件事故後である昭和四四年二月二一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があり、その余は理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条本文、八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 志水義文)

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